トップホースの父系を追う~アオノブラックのサイアーライン Vol.5~

 タンブーからアオノブラックへ続くサイアーヒストリーの最終章、アオノブラックの父ケンジュオーの紹介です。ケンジュオーの成功は、人の縁と大切にするばん馬の馬産と、北海道の馬文化が深くかかわっています。

ばんえい競馬ならではの種雄馬
ケンジュオー

ケンジュオー
日本輓系種 鹿毛 音更産 2005年生
父ミノルキンショウ(半血種) 
母 チクホーミネット(半血種)
母の父タケタカラ(半血種)
2011~2016年
川上郡標茶町にて供用

【競走成績】
135戦17勝2着16回3着14回
勝利時の斤量 500㎏~680㎏
勝利時の馬体重 885㎏~1078㎏

【種雄馬成績】
血統登録数 20頭
種雄馬登録数 2頭
種雌馬登録数 3頭
※日本馬事協会 登録馬情報より集計
リーディング
2019年 3歳以上 10位
2020年 3歳以上 6位
2021年 3歳以上 9位
2022年 3歳以上 8位
※ばんえい十勝ホームページより

【主な産駒】
バウンティハンター(母オーシャンローズ)
 <2012年 栗毛 牡> はまなす賞、岩手にて種雄馬
ゴーストハンター(母オーシャンローズ)
 <2015年 栗毛 牡>18戦2勝 牡、熊本にて種雄馬
アオノブラック(母ノリノメイチャン)
 <2016年 鹿毛 牡>帯広記念、北見記念他、重賞13勝
コマサンエース(母クインフェスタ)
 <2016年 鹿毛 牡>旭川記念3着、岩見沢記念3着
ゴールドハンター(母オーシャンローズ)
 <2017年 栗毛 牡>はまなす賞、柏林賞、ばんえいグランプリ2着
※成績は2023年11月5日現在

ケンジュオーの競走成績と血統

■成績
 ケンジュオーは2007年にデビュー。通算17勝を挙げ、2011年の6歳で引退をしています。引退時の格付けはB1クラスで重賞の出走歴はありません。

■血統
 母チクホーミネットの産駒はケンジュオーしか産駒がおらず兄弟はいません。チクホーミネットは競走馬登録はあるものの未出走で、同馬の兄妹にこれといった活躍馬もいません。しかし遡ると祖母恵宝(父:タカラコマ)の半兄にばんえい菊花賞を勝った名種雄馬キタノテンリユウ(父:鉄鯉)がいます。
 チクホーミネットの父タケタカラは、2000年代半ばから10年近くの間、息長くサイアーランキング上位の常連で多くの活躍馬を送った成功種雄馬です。主な重賞勝ち産駒にはウィナーサマー(黒ユリ賞、ばんえいオークス)、ホリセンショウ(帯広記念)、ミスタートカチ(ばんえいダービー)などがいます。現在競馬場で産駒をよく見る種雄馬、ミタコトナイレットダイヤもタケタカラの産駒です。母の父としてもミスタカシマ(ばんえいオークス等重賞6勝)やシンザンボーイ(北見記念等重賞2勝)を送っています。
 ケンジュオーの母方は、名種雄馬キタノテンリユウが出ている牝系に、タカラコママツノコトブキタケタカラとその時代ごとの成功種雄馬を掛け合わせてきています。親兄弟に活躍馬が出てはいないものの、成功しても不思議ではない血統背景を持っていました。

ばんえいならではの種雄馬

 引退時は条件馬。父ミノルキンショウは種雄馬としての実績がなく、活躍馬も3代母の兄と近親というには少々遠い……ケンジュオーは競走成績も血統も、商業ベースの種雄馬として繋養するには難しい馬でした。しかしばん馬はサラブレッドとは異なり、種付け料金の収益にこだわらない供用スタイルもあります。自家生産用の種雄馬として使う場合です。そして、自家用の種雄馬を草ばん馬に出走させ、牧場の方がレースを楽しむ文化も残っています。

 北海道の各地では「草ばん馬」大会が開かれています。東北でも「馬力大会」と称され、ルールは違えどやはりアマチュアのばん馬大会が催されます。こういった草ばん馬や馬力大会に出場するのは、ばんえい競馬の馬達です。(なお、ポニーのカテゴリもあります。これはこれでかわいらしいうえに迫力もあります)これらの大会には現役馬が出走することもありますが、引退馬やテストを通過しなかった馬を使うことが多く、ばん馬の種雄馬が活躍する場でもあるのです。

 近所の親しい牧場や自家の繁殖牝馬といった小頭数の種付けに供用し、種付けシーズンが終わると草ばん馬に連れて行ってレースに使う。草ばん馬は愛好家の世界ですので一部の馬に限られますが、生産頭数が少ない地域の種雄馬や自家牧場用の種雄馬には、種雄馬と草ばん馬の二束のわらじを履く馬がいます。私が大好きだったライデンティダという馬も引退後、草ばん馬で活躍していました(草ばん馬は12歳で引退とのこと)。ライデンティダも、もちろん春は種馬としても供用されています。小久保友香さんが取材されているばんブロの記事には、生産者の方が自ら馬を調教し、出走する草ばん馬の世界が紹介されています。馬好きにはたまらない写真や記事満載なのでぜひご一読ください。

ばんば牧場便り【 Vol.39 】八雲町・大竹さんの牧場
ばんば牧場便り【 Vol.050 】江差町・廣部さんなど道南巡り
ばんば牧場便り【 Vol.057 】アーティハヤテがいる奈井江町の川端さんの牧場

 このような自家用種雄馬の場合、血統や競走成績が一流でなくても問題はありません。馬主さんや調教師さんとのご縁で婿入りするような形の繁殖入りもあるのです。ケンジュオーの場合は、馬主の高橋一二さん(故人)が坂井牧場とたいへん親交が深く、そのご縁で坂井牧場で種雄馬になりました。実は、ケンジュオーの前に坂井牧場で種雄馬をしていたアサヒホウザン(アオノブラックの母の父)も高橋さんの所有馬で、坂井牧場で同じようなスタイルで種雄馬をしていました。ケンジュオーは高齢になったアサヒホウザンの後を継ぐ形で、坂井牧場で繋養されることになったのです。(なお現在坂井牧場は馬の生産を止め、牛の事業でご活躍されています)

 そのアサヒホウザンの現役晩年には騎手時代の金田勇調教師が手綱を取っていました。金田調教師もまた、高橋さんと坂井牧場ととても親しい間柄です。ケンジュオーは金田厩舎の所属馬でしたし、ケンジュオーの産駒で競走馬になった馬も全て金田厩舎に入厩しています。(アオノブラックは山口さんの生産馬ですが、坂井さんと山口さんはご親戚で、一緒に馬産をされていました)
 親交の深さを物語るのが、小久保友香さんからご提供いただいた草ばん馬大会のケンジュオーの写真です。手綱を取っているのは金田調教師。ケンジュオーは草ばん馬大会では甲組といって、1トン、あるいはそれ以上の高重量のレースに出ており、優秀な成績を収めていました。
 現在のばんえい競馬のシステムでは出世をしないと重い斤量を曳かないので、高重量への適性があるか否かは、条件馬で引退してしまうとわからないままなのですが、草ばん馬の甲組で活躍したケンジュオーには高重量への適性があったようで、それはアオノブラックの高重量適性に受け継がれています。
 そして、草ばん馬でケンジュオーの手綱を取っていた金田調教師は、ケンジュオーの高重量適性は良く把握されていたのではないかと思います。

2014年10月に北斗市で行われた
草ばん馬大会
この大会で優勝しています
※無断使用は厳禁です。よろしくお願いいたします。

ばん馬にもある名牝系

 ケンジュオーの種雄馬としての活躍は、関係者の方にとっても予想以上のものでした。数少ない産駒から多くの活躍馬を出している背景には、坂井牧場の牝系が非常に優れていたこと、そしてこの牝系がケンジュオーと非常に相性が良かったことも上げられると思います。坂井牧場の牝系の話については、以前鉄鯉の話を描いた時に少し触れています。

鉄鯉(てつり)~早く、速く。今のばんえい競馬に合うブルトンの血 <後編> 

なお、ホクリュウイチ、フジエーカンもまた坂井牧場が導入しいてた種雄馬です。

 サラブレッドの世界では「牝系」や「ニックス(父系×母系の相性)」「インブリード(近親交配)」といった配合についての考え方はごく一般のファンにも浸透しています。ばんえい競馬においても馬がある特定の能力を競うという事に関しては同じです。馬格が絶対的な価値を持つなど、サラブレッドの生産とは異なる価値基準があるので、サラブレッドと全く一緒に考えることはできませんが、部分的にはサラブレッドと同様な血統論が存在するのだと思います。むしろ、単一コースの競馬で、後天的な調教の差が少ない(サラブレッドの場合トレーニング環境に大きな差が出ます)ばんえい競馬の方が、遺伝が競走成績に及ぼす影響は大きいのではないか…と私は考えています。

 おまけ:鉄鯉の後編で紹介したクインフェスタは坂井牧場が馬産を引退された際に江差町の廣部牧場さんに移っています。上記のばん馬牧場便りのVol.50に登場しており、記事の中でも名牝の産駒に対する周囲の期待が書かれています。

人の縁がつないで復活した
過去の名血

 タンブーからアオノブラックへとつながるサイアーライン。ばんえい競馬がスピードと早熟性を求める時代になり、一世を風靡したこのペルシュロン種の父系は途切れる寸前でした。しかし、優れた牝系と抜群の相性を発揮して、ケンジュオーが再びこの父系を輝かせました。その背景には、ばん馬ならではの供用方法や関係者のご縁がありました。ケンジュオーの産駒たちはこれから種雄馬としても活躍し、タンブー~楓朝のサイアーラインを繋げていくことと思います。

  メムロボブサップ同様、アオノブラックも最後に5代血統表と立ち写真を掲載して締めくくりたいと思います。

(撮影2023年3月上旬)
※無断使用は厳禁です。よろしくお願いいたします。

アオノブラックの5代血統表

父母祖父母三代父母4代父母5代父母
ケンジュオー
【日輓】2005 鹿
ミノルキンショウ
【半】1993 鹿
カズミノル
【ペル】1981 青
楓朝
【ペル】1968 芦
タンブー
【ペル】1963 芦
朝禄
【ペル】1963 芦
クシロタカラ
【ペル】1977 青
ボルール
【ペル】1965 青
釧優
【ペル】1970 青
マルゼンプリンセス
【ベ】1990 栗
マルゼンストロングホース(米)
【べ】1971 栗
Contributor
【べ】1963 栗
Jannette Supreme de Farceur
【ベ】1960 栗
ビックスベルファサー(米)
【べ】1977 栗
Carnes Farms Mike Farceur
【べ】1973 栗
Lady Belle Farceur
【ベ】1965 栗
チクホーミネット
【半】2002 鹿
タケタカラ
【半】1993 鹿
タケオーザン
【ブ系】1978 鹿
銅柑
【ブ】1968 栗
宝誉
【半】1969 鹿
チヨダハヤテ
【半】1982 鹿
ムジーク(仏)
【ペル】1978 芦
桜姫
【半】1975 鹿
レッドタカラ
【半】1990 鹿
マツノコトブキ
【半】1979 鹿
二世ロッシーニ
【ペル】1966 青
初姫
【半】1971 鹿
恵宝
【半】1978 鹿
タカラコマ
【半】1968 鹿
恵雲
【半】1969 鹿
ノリノメイチャン
【日輓】2004 鹿
アサヒホウザン
【半】1990 栗
ハヤブサニシキ
【半】1982 青
タカラハヤブサ
【半】1975 青
二世ロッシーニ
【ペル】1966 青
連山
【半】1966 青
光栄
【半】1971 栗
ベルムート(仏)
【ブ】1965 栃栗
光勇
【半】生年不明 青
綾姫
【半】1983 栗 
タカラコマ
【半】1968 鹿
ケルネヴェーズ(仏)
【ブ】1960 栗

【半】生年毛色 不明
ムーンストンエカースボニー(米)
【べ】1978 栗
馬名不明
【ベ】生年毛色不明
Pineta's Patsy
【ベ】生年毛色 不明 
ケンレディ
【半】1999 鹿
ダイヤテンリュウ
【半】1987 鹿
キタノテンリュウ
【ブ系】1974 鹿
鉄鯉
【ブ】1960 鹿
恵雲
【半】1969 鹿
トツカワ
【半】1981 栗
ジャンデユマレイ(米)
【べ】1972 栗
吹姫
【半】1977 栗
オオゾラクィーン
【半】1991 鹿
マルゼンローラ
【半】1984 鹿
マルゼンストロングホース(米)
【べ】1971 栗
オーロラ姫
【半】1976 鹿
惣栄
【半】1977 栗
ソラチオー
【ブ系】生年毛色不明
博姫
【半】生年不明 青
【半】半血 【ペル】ペルシュロン種 【ブ】ブルトン種 【べ】ベルジアン種 【~系】特定の品種の血量が75%以上 
5代インブリード 二世ロッシーニS5×M5 タカラコマM4×S5 マルゼンストロングホースS4×M5 恵雲S5×M5 

 アオノブラックの血統表を眺めていて気が付くことは、ペルシュロン、ブルトン、ベルジャンの三品種がバランスよく混ざり、4代、5代前に名種雄馬のインブリードが多くあることです。また、ケンレディにはキタノテンリュウの血も流れており、牝馬の恵宝のインブリードも持っています。そしてメムロボブサップ同様、1960年代~2000年代までの各時代の名種雄馬の名前を見つけることができます。

 2頭のサイアーラインを追いかけて気が付いたことは、歴史と品種のバラエティです。どちらも古い血脈が奇跡的につながって、2頭に伝わったという経緯があります。そしてその繋がりには華旭といい、ケンジュオーといい「草ばん馬」という共通の背景があることも興味深く思います。

御礼と余話

 アオノブラックのサイアーストーリーも時代が下るにつれて、実馬を知っている人が増え、関係者は現在進行形で馬産に携わっており、逆に当たれる文献資料が無い状態になります。そのため今回は様々な方からお話を伺うことで、書き進めてきました。懇意にさせていただいている本寺さんをはじめ、フェイスブックでつながっているばんえい競馬関係者の皆様には、こちらの問いかけに回答を寄せていただき本当にありがとうございました。また、ケンジュオーのお写真を快く提供くださった小久保友香さんには、草ばん馬の様子などもたくさん教えていただきました。写真提供も含めまして本当にありがとうございました。
 そして今回、ケンジュオーとアサヒホウザンのオーナーの御子息から、ケンジュオーが種雄馬になるいきさつや草競馬での活躍などについてメッセージを寄せていただきました。おかげさまでケンジュオーについて、少し踏み込んで紹介することができたと思います。余話として、せっかく教えていただいたのに本編に書けなかったケンジュオーについて紹介します。

「ケンジュオーに会ったのは数回ですが、印象としてとても大人しく優しい馬で、とても優しい目をしていた記憶があります。 普段は温厚なのですが、草馬場でレースに向かう時は目の色が充血し、別の馬かと思う感じでした」

 友香さんの写真にあるレース後のケンジュオーの写真(イラストの元にさせていただいております)は本当に愛らしい顔をしていまして、いただいたメッセージを読んですごく納得をしていました。そして、レースに向かう強い気持ちは産駒たちに受け継がれていると思います。若駒の頃、ゴールドハンターは騎手が座ってスタートすることで有名でしたものね。そして、ケンジュオーの優しさはアオノブラックにも引き継がれているのかな…と思います。というのも、先日北見記念のイラストを描くために、ツイッターで相互フォローをしている方から口取りの写真を送っていただいたのですが、金田調教師のお孫さんでしょうか?調教師と手を繋いでいる幼いお子さんと向き合っている写真がありまして、そのアオノブラックの顔はとてもやさしそうな表情をしていました。母の父であるアサヒホウザンもとても穏やかで賢い馬だったそうで、アオノブラックの口取りでの落ち着いたたたずまいは父と母の父から受け継いだものかもしれません。

 また7年ほど前に、オーナーだった御父君が亡くなられた翌日にケンジュオーも亡くなったことも教えてくださいました。ゴールドハンター、ボンヌール、ヴァルキリーダイヤ(19戦1勝、種雌馬)の6歳世代が最後の産駒になります。

 私はSNS上のいろいろなご縁で、このブログを書かせていただいております。写真をお借りしてる方々、お話を教えてくださる関係者の皆様にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。そして至らず、いただいた情報が適切に記事に反映されていない場合もあるかと思いますのでその際はご一報ください。ネットの良いところはすぐに加筆修正できることです。随時修正をしていきたいと思っております。
 

参考資料

 種雄馬のコラムについては以下文献やサイトをもとにテキストを書いています。★印のついているものは現在ネット上から閲覧できるものでリンクを貼っています。

日本馬事協会 登録馬情報 

NAR データベース検索

★楽天競馬 地方競馬応援ブログ ばんブロ ばん馬牧場便り

・地方競馬競走成績書 
地方競馬全国協会発行

・日本競馬の歩み
田島芳郎著 2009年 サラブレッド血統センター発行